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問われて名乗るもおこがましい

超歌舞伎をざっくり考察してみた

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まず、前回の記事に多くの反響があったことに驚いています。おそらく歌舞伎側でブログにまとめたのがここくらいだったからかボカロ民(何て呼べば…)側の拡散スピードが早かった模様ですが、あくまで歌舞伎クラスタの中の一人の意見なので悪しからず。

 

そしてもう一点。

『千本桜』の世界観をよく知らないまま語っていたせいで、すぐ何人かの方から「あの舞台は小説版を基にしている」というご指摘をいただきました。そもそも超歌舞伎サイトに明記されていたのを見落としていた。大変失礼しました。歌以外にもあるとは!千本桜業界広すぎるし、舞台版加藤和樹さん出てたの!?ニコラウスーーー!!*1

大正百年パート見て「進撃の巨人+サクラ大戦+カバネリみたーい」とか思ってすみませんでした。そもそも千本桜専用サイトがありビジュアル的世界観がしっかりすぎるほど提示されているのがすごい。
小説本体はまだ読めていないのだけど、教えていただいたサイトに目を通して、大正百年パートが大体この小説に則っていることは把握したので、「神憑?」「大正百年?」等の疑問を抱いた歌舞伎クラスタは一度ここを読みましょう。

小説 千本桜

サイトの豪華さが伝統芸能民には新鮮…。今回のようなコラボがあると、トップページの背景に定式幕柄が配置されているという些細なことにも少し嬉しくなる。たぶん全然関係無いけど。

※以下長いです

 

 

chokabuki.jp

 

義経千本桜』

歌舞伎で三大名作というと『仮名手本忠臣蔵』『菅原伝授手習鑑』にこの義経千本桜だが、そもそもは文楽人形浄瑠璃の作品(歌舞伎はこの文楽→歌舞伎パターンが多い)。今回は歌舞伎のほうに軸を置いて書きます。

今回超歌舞伎で出てきた獅童さんの役は、佐藤忠信という人間に化けた狐。この狐忠信が話に絡むのは

二段目「鳥居前」・四段目「道行初音旅」「川連法眼館(通称・四ノ切)」

で、今回の超歌舞伎では演出や扮装などがこれらの段を中心に、ほぼ歌舞伎本来の要素で構成された。

 

・歌舞伎の舞台写真入りでわかりやすい 義経千本桜 | 歌舞伎演目案内 - Kabuki Plays Guide -

・難易度別でも読める 義経千本桜 | 文化デジタルライブラリー

・細かい(獅童さんの忠信の写真あり) 義経千本桜 - Wikipedia

 

この題名のわりに義経は脇役だし、桜もたいして物語に関わらない。その点で、“千本桜”というキーワードが小説版の文脈で取り上げられたのは、話の筋を決める上で重要だったように感じる。

 

初音の鼓

義経静御前→狐忠信、と登場人物の手を渡っていくキーアイテムが超歌舞伎でも登場。「初音の鼓」の名前の由来は四段目で明かされるが“初音”ミクとは無関係、偶然の一致ってすごい。

この鼓に張られた革こそが狐忠信の両親であり、彼は親を慕って忠信という人間に化けて静御前に付き従っている、という設定になっている。狐忠信が鼓の音=彼にとっては親の声、にじっと耳を傾ける場面もあるので、その鼓の音を今度は彼が美玖姫に聴かせるというのも、面白い趣向だなと思った。

 

ビジュアル

佐藤忠信/狐忠信

忠信の扮装は前述の各段を参考にしていると思われる。

第一・三場前半→道行の忠信/三場後半→白狐=四ノ切/大詰→鳥居前の忠信

狐手や狐六方もふんだんに盛り込まれ、随所に狐っぽさが見える動きになった。狐火柄の衣裳に変わるところは「ぶっかえり」といって、その役が本性を現す時に用いられる演出。

鳥居前の忠信の頭に付いている白いものは「力紙」といって、荒事の象徴というか怪力の持ち主などの鬘にくっ付けられることが多いので、狐とは関係無い(のだけどもしかしたら狐の耳っぽく見えることも念頭にあるのかも)。超歌舞伎発表時は鳥居前のビジュアルだったので、他の忠信の扮装も全部組み込んできたことに驚き。

大詰では鎧まで持ってきたが、それ義経さまから拝領した鎧では…?時間軸…?(ややこしくなってきた)

※鳥居前の忠信の扮装、最近ではワンピース歌舞伎のポスターでルフィが経験済

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○美玖姫(平安) ※大正百年では小説版ビジュ、神代では巫女姿のため割愛

歌舞伎に出てくるお姫様の多くは「赤姫」といって、赤を基調とした振袖に銀の簪でと見るからにお姫様な扮装だが、さすがに美玖姫はミクカラーが基調で斬新。赤姫王道の「吹き輪」という髪型を取り入れているが簪はなぜか花魁ぽい?そしてハイウェスト。

藤間ご宗家のモーションキャプチャーにより所作はかなり綺麗wただお姫様は待機中、基本指先を袖から出さないようにすると思うのだが、美玖姫は手首から先がにょきっと出ていてそこに少し違和感あり。

個人的に前髪にくっついている桜が気になる。初音未來の時の帽子の桜マークから来ているのかな…?

口上時の扮装もミク仕様。ミクカラーの襦袢に桜色の着物と裃で、家紋がニコ動マークなのが可愛かった。歌舞伎の口上では家によって着ける裃の色、家紋が異なる(獅童さんは桐蝶)。

 

○青龍

完全オリジナルキャラとなった青龍は「公家悪」がベースのように見えた。公家悪とは敵役の中でも身分が高い役柄で、青龍様にはぴったりかも。藍色の隈取に赤い舌をんべーと出すのもスケールの大きな悪役ならでは。

ちなみに赤い隈取はヒーロー(今回の後半の狐忠信など)、青い隈取は悪いヤツと決まっているので見た目からしてわかりやすい。

今回はそこに角と身の丈以上の獅子の毛(黒)で龍っぽさを表現。獅子の毛振りが武器になるというのがシュール。散々「自撮り棒」と言われたあれは、人外のものが持つ杖で決して美玖姫と2ショを撮るためではないw

 

皆大好き國矢さん(紀伊国屋さん)。歌舞伎界は彼のような、歌舞伎の家の出ではない役者さん方に支えられている。そして彼らは主役を演じる機会がまず無いし、正直注目もされにくい。國矢さんが獅童さんや初音ミクを喰う勢いで観客にインパクトを残すことは想定外だったが、それが本人にまで届いている様子はこちら側で見ていてもとても嬉しい。

 

大向う

画面越しでも感じた、現地の大向うの盛り上がり。それは画面上でも反映され、「萬屋ああああああああ!!!」「紀伊国屋ああああああ!!」「本屋!(紀伊国屋から)」「電話屋!(NTTに向けて)」「てふ(蝶)屋!(美玖姫の登場場面)」「もふもふ屋!(白狐の人形に対して)」とその発想の豊かさと環境適応力に吹き出した。ピンクの桜弾幕と同じように、大向うの文字と「88888」で画面が埋まったのはなかなか胸熱な光景だった。

映像を見る限りでは、現地の歌舞伎ファンたちがまず声を掛け、それを受けた多くの一般客が少しの時間差で声を掛けるというパターンが多かったように感じたし、最後千本桜が流れそのままライブ化したことで、芝居中の観客の大向うはそのままコールへ昇華していった。それは、普段の歌舞伎とはかなり様子が異なる。

 

普段の劇場公演での大向うについては、こちらのブログが丁寧でわかりやすくいつも興味深く読ませていただいている。

大向うのこと〜その1「やってはいけない」|「歌舞伎四〇〇年の言葉」公式ブログ

試しに「やってはいけないこと」というページを貼ったが、このように色々と暗黙のルールがある。私は女なので、以前勘三郎さんの復帰公演で「待ってました」を自分にしか聞こえない程度の声量で言った、その一回しかない。

 

このあたりは歌舞伎ファンの中でも考えは異なると思うが、少なくとも私個人は、現代の歌舞伎では大向うも芝居のうちだと感じている。超歌舞伎では盛り上がった状態の大向うは「萬屋ああああ!!」と表現されていたけれど、実際には「萬屋ッッッ!!」と語尾が詰まる。プロだと「音羽屋」は実際「tわやッ」ぐらいに聞こえる。

短く、鋭く、役者の台詞の邪魔にならないようにしながら、舞台に華を添える存在であって、観客の盛り上がりを舞台に伝える以上の役割を担っているのだ。役者と観客の中間にいる存在とも言える。

 

だからこそ、今回のように完全に観客側に属した大向うというのはああいう特別な場でしか見られないもので、面白い体験だった。逆に、形式ばった普段の荒事でああいう大向うを掛けたらどんな舞台になってしまうんだろう、とか、ちょっと大向う文化についても思いを巡らせるきっかけになった。

この辺の文化も外から見てどうだったのか、気になるところ。

 

 

…本当は場面ごとに細かく「ここのやり取りは四段目のどこどこ」とか「ここの型は」とかやりたい、やりたい、けど、さすがに力尽きたので、誰か、続きを…もしくはオフ会を…喋った方が絶対早いってこれ…

 

 

*1:舞台『No.9ー不滅の旋律ー』が好きすぎて加藤さんの脳内変換は「兄さん!」です